各々ステート・オブ・マイ・マインド

もう半年近くも前になるのだけれど、音楽評論家の関口義人さんがホストとなって継続的に催されている新・音樂夜噺というイベントに行ってきた。

 

というのも、その回のお題が「ヒップホップ・ゴーズ・トゥ・ザ・ワールド」というもので、イベントページにはラップフランセ(フランス語ラップのこと。念のため)を中心に扱う云々の記述があり、TTCやhocus pocusなどが好きな自分としては「ラップフランセの話が聞ける」と揚々と向かったものの、その期待はいい意味で裏切られた。

 

ちなみに、論者の関口義人さんの著書ヒップホップ!: 黒い断層と21世紀』は発売日に即買いしたものの、あまりに分量がマッシブであったため、時折レファレンスに用いるほどであまり読めていなかった。今回はそこを補うのも目的であった。

 

一方の聞き手の陣野俊史さんはまさしくイベントの数日前に『サッカーと人種差別』という新刊を上梓されたということで移民に関する話も色々と聞けた。(ちなみに陣野さんはジャック・アタリの『ノイズ』の解説やダフトパンク本の翻訳も手がけていると後に知り驚く)

 

ということで下記簡単なメモを記す。文中Sは関口さん、Jは陣野さん。

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新・音楽夜噺 第89夜「ヒップホップ・ゴーズ・トゥ・ザ・ワールド」

 

S: 私は旅行の度にラップのCDを買っていた。原(雅明)さんと(四谷)いーぐるで話したときは「ヒップホップ!」の1, 8章を膨らませるべきだと言われた。


J: 今回のテーマは「移民」。

《 Abd al Malik / Gibraltar 》フランス:ジャジーヒップホップだけどアップテンポでカッコいい。


Abd Al Malik - Gibraltar - YouTube

S: ジブラルタルというテーマ、政治性を持った場所。
J: ラマダンの時に彼に歌詞についてインタビューしたことがある。バックグラウンドはコンゴ系の移民で、ストラスブール育ち。
S: バンリュー(筆者注:フランス語で「郊外」の意)とは異なる言葉の取り方があり、サウンドに格好良さがある。


《 HK / On lache rien 》フランス:どちらかというとMC付きのプロテストソング的な響きか?


HK & Les Saltimbanks "On lâche rien" (Japanese subtitles) - YouTube

J: 北部の工業地帯、リール出身の4人組の別動隊。この時の大領領選のメランション候補の曲。
S: ラップっぽくはないけれども精神はラップ。

M.I.A. / Double Bubble Trouble 》イギリス:新譜はチェックしてなかったけど、これは流石のMIA女史。レゲエ〜Trap〜クドゥロまでシームレスにつなぐ曲。それもその筈、プロデュースはMad DecentのPartysquadですと。


M.I.A. - Double Bubble Trouble at Glastonbury 2014 - YouTube

S: ロンドン郊外→スリランカのタミル移住→ロンドンに難民として戻る。そこで有名DJと出会う。ヒップホップをあまりレベルミュージックとして捉えていない。地方行政とか近隣の地域と戦っている。移民コミュニティの言葉で、ローカルな地域のシリアスな問題を描いている。

J: 自分がヒップホップに関心を持ったきっかけはマチュー・カソヴィッツの「憎しみ」。この映画に触発されたコンピを聴いてから。あとラッパーは境遇がサッカー選手に似ている。アーセナルのユースをクビになってラッパーになったのが次のSefyu。

《 Sefyu / Turbo 》フランス:音節の発音がすごいことになってるラップフランセ。


SEFYU - Turbo (Clip Officiel) - YouTube

J: 歌詞は大したことがないけれど、オノマトペがすごい。両親が反対しているので、キャップを斜めに被って顔を見えにくくしている(笑)。

《 Marxman / Sad Affair 》アイルランドIRA暫定派との和平の直前の93年リリース。


Marxman-Sad Affair (Video) - YouTube

S: アイルランドのヒップホップの火付け役、ドーナル・ラーニー(筆者注:アイルランドの音楽家)の息子が所属している。U2がロックで成し遂げたことをヒップホップでやった。ヒップホップで成功する、音楽家の大物の2代目が世界中にいる。

《 B.U.G Mafia / Strazile 》ルーマニア:2005年リリース。タイトルはStreetの意。


B.U.G. Mafia - Strazile (feat. Mario) (Videoclip) - YouTube

S: ブルガリアアンダーグラウンド・マフィアの略称。チャウシェスクからお金が流れていたマフィアのメンバーで結成。94年のバルカン半島のオールナイトのクラブに行ったとき、圧倒的にヒップホップが人気だった。メンバーは一時政府に追いかけられていた。移民というより、社会の暗部を映し出している。他のギャングをdisったりして、USギャングスタラップの模倣を行っている。

《 Qusai / Any Given Day 》サウジアラビア・中東圏:モロッコの歌手モナ・アマルシャとアブデルファタ・グリニをフィーチャーした曲。


Qusai feat Mona Amarsha & Abdelfattah Grini - Any Given Day - YouTube

S: アラブ界のヒップホップで有名。主にプロデューサーを担当。1978年でリヤド生まれ。衛星放送でUS文化に直接触れる。今はドバイ・レバノンが中心。王家出身で利害関係などがあるため、サウジ出身と言い出しにくい。

《 DJ Lethal Skillz 》レバノン:Qusaiらと色々コラボしている模様。ターンテーブリスト


Dj Lethal Skillz - Downtown Beirut Scratch - YouTube

S: レバノンのベイルートシーンで有名だった。90年代後半に成功した。

《 Miri Ben Ali 》イスラエルWikipediaを見るとウイントン・マルサリスリスペクトだったり、モータウンからリリースしたりとバックグラウンドの多様性が伺える。


The original Hip Hop Violinist - Miri Ben-Ari - YouTube

S: イスラエル出身で周辺のヒップホップのシーンに重用される。Jay-Zがフックアップして2003〜4年のNYシーンで活躍。カニエやNASの楽曲に客演。メンタリティがヒップホップ。

《 Kid Frost / La Raza 》:ローライダーヤバい。


Kid Frost - La Raza - YouTube

S: イーストLAのチカーノラップで、ICE-Tと並んで有名なラッパー。ラップは元々ジャマイカのサウンドシステム発で、DJクールハークなどに代表されている、移民文化。チカーノラップは東(NY)〜西(ギャングスタ)〜南(ダーティサウス)と来て、第四の地域として出てきた。
また、日本国内だと、愛知にチカーノ文化のコミュニティが入っている。シャコタン文化とか。

《 Chico Science / Cicade 》ブラジル:渋谷系に影響を与えたとか。ここら辺も全然チェックできてない。


A Cidade (Clipe) - Chico Science & Nação Zumbi - YouTube

S: マンギビートの旗手で、97年に亡くなってしまった。JBやグランドマスターフラッシュなどに影響を受けている。

《 Marcelo D2 / Voce Diz Que O Amor Nao Doi 》ブラジル:今年のPVで、若く見えるけど1967年生まれの御年46歳、日本のヒップホップ第一世代くらいの年齢だそう。


Marcelo D2 "Você Diz Que O Amor Não Dói" (Videoclipe Oficial) - YouTube

S: PLANET HEMPのボーカルで、ビースティ・ボーイズのプロデューサーが目を付け、USでヒットした。

K’NAAN / Bang Bang 》ソマリア・カナダ:2010年W杯のコカコーラのキャンペーンソングに起用されて、AIとのコラボなどもあったので以前から知ってたけど、 最近はこんな華やかな感じになってたのね。以下の動画はMaroon 5のボーカル、アダム・レヴィーンとのコラボ曲。


K'NAAN - Bang Bang ft. Adam Levine - YouTube

S: デビュー当初はソマリア色が強かった。国連の難民支援のシンボルにもなった。

《 Sindicato Argentino del Hiphop / Donde yo estare 》アルゼンチン:トラックがいかにも南米。


Sindicato Argentino del Hip Hop - Donde yo estare [HQ video oficial] - YouTube

S: 彼ら独特のリズムを4つ打ち化。アルゼンチンはシーンはあるものの、南米の中でもヒップホップが弱い。

《 Drunken Tiger 》韓国:Vice×Intelの「Creator's Project」の一環のPVの模様。Drunken Tigerは現在はラッパー兼プロデューサーのTiger JKのソロプロジェクトで、この曲は彼の奥さんのTasha Reid (aka Yoon Mirae)をフィーチャーしている。


Drunken Tiger 'Get It In' - YouTube

S: LA育ちの帰国子女。

で続いてはShing02。彼はお父さんの仕事の都合でタンザニアダルエスサラームからロンドン、日本と移住している。

Shing02 / 湾曲 》:歪曲はあまり聴き込んでないなー。ドラムは現在相対性理論などで活躍されてる山口元輝氏。この曲はEmi Mayerをフィーチャー。


Shing02 「湾曲」 (Wankyoku) - YouTube


S:中国のヒップホップシーンではロック、ミクスチャー系が人気。台湾とか沿海州で盛り上がっている。

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若干つまみ食い的になってしまった感はあるが、世界各地のラップ表現やヒップホップ受容の違いなどを見ることが出来たので非常に面白かった。普段の情報環境では入ってこない、単語や文化圏に触れられる謂わば「未知の検索クエリを知ることの出来る」イベントは有意義だと思うので、これからも参加していきたい次第。

 

このイベントでは他にも選曲リストがあったので、またの機会にまとめてupしてみようかと思います。